長崎大水害から10日「陸の孤島」東長崎地区~被害大きく復旧作業難航 

ユウガク | NBC 長崎放送映像のタイムマシーン

この動画を今すぐ視聴

ユウガクのプランを購入して
限定コンテンツや動画全編を視聴しよう。

00:01:18 昭和57年(1982)8月2日

長崎市矢上町周辺は昭和57年(1982)7月の長崎大水害で八郎川がはん濫し、大きな被害を受けました。被災から10日後の8月2日、国道34号沿いの商店などでは泥水をかぶった家財道具や商品を洗い流す作業などに追われていました。土砂混じりの濁流が押し寄せた街中は砂埃が舞い、異臭も放っていました。泥流は店の奥にまで押し寄せ、ショーケースの中は土砂で埋まりました。至るところに水害の爪あとが深く残っていました。当時の水害では長崎県内で2万台もの車が冠水し、東長崎地区でも多くの車が洪水で流されました。長崎大水害では299人の死者、行方不明者を出しました。水害後は断水も続き、給水船が駆けつけ急場をしのぎました。長崎市中心部からの幹線道路の寸断で東長崎地区は被災後しばらく「陸の孤島」状態となりました。このためほかの被災地区と比べてライフラインも土砂崩れ現場の復旧は思うように進まず難航しました。

おすすめ動画