超!過激な昭和41年長崎精霊流し~NBC特別番組「どーいどい」から
ユウガク | NBC 長崎放送映像のタイムマシーン
今から60年前、昭和41年(1966)8月15日に行なわれた「長崎精霊流し」の映像です。この年長崎市では1500隻の精霊船が流され、県内外から訪れた15万人の人出で賑わいました。流し場まで向かうメインコースは今も昔も旧長崎県庁前の通りです。親族や縁者、町内の若い衆らに担がれた大小様々な精霊船が列をつくり、はじける爆竹が一段と激しく鳴りひびきます。人出と音と乱舞する光の波で一帯が興奮状態に包まれる中、制止する警察官の声を振り切って精霊船を勢いよく回し続けるところも相次ぎました。今は精霊船を回す行為は禁止されていますが、このころは精霊流しに船回しはつきものと言っていいほどの状態で、同じく今は禁じられているヤビヤもあたりを飛び交っていました。この年、長崎市の精霊流しでは9人がヤケドや骨折などで重軽傷を負いました。ちなみに今回の映像はこの年の精霊流しの特番「どーいどい」を短く再編集したもので、ナレーションはNBCの九玉アナウンサー(当時)でした。
[九玉アナ]ナレーション
今夜全部の精霊船が集まってくる県庁前の広場、 早々と一番乗りの精霊船が通り過ぎていく。精霊流しが長崎名物の一つに数えられるようになってから久しいが、昨年の同じ夜も15万人近くの人がこの通りを中心に詰めかけている。2番目の精霊船が来た。警備にあたる警察は危険だから船を回さないよう毎年声をからして呼び掛けているが、今夜もまた警備に万全を期している。この大量の爆竹を今夜だけで消費してしまおうというのだから、この喧騒は仕方がない。進んでは止まり、また止まる。昔は前の船を追い越そうとして喧嘩が絶えなかった。長崎精霊流しには追い越し厳禁の不文律がある。もう一つの通りにも精霊船がひしめき、騒がしさは増していく。「一生懸命作っているからみんなに見てもらわないとなんにもならない、見て変わったとこころがあるというそういうアイデアが必要ではないか、ただ担いでそのまま捨てたのではもったいない、たいがいぶりバカになる、みんなこういうふうになる」回る船、走る船、古式にのっとった船、真夏の夜は光と音の渦に彩られてしまった。県庁前のこの喧騒は4時間あまり続いた。大波止海岸までは坂を駆け降りる。午後11時過ぎ、精霊流しは終わりに近づき、人々はこの大波止海岸で惜しげもなく船を燃やし、あるいは捨てる。8月の声を聞いたら船を作り始め、盂蘭盆最後の夜、死者の霊と供え物を乗せて喧騒の中を行列をつくり、ここに押し寄せては捨てる。まして主催する人もなく、格別の規則もないままに実に長い間人々の習慣の中で続けられている。