一時宿泊先は県チャーターの客船~普賢岳災害の被災者らが乗船  

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00:01:36 平成3年(1991)6月24日

43人の犠牲者を出した雲仙普賢岳の大火砕流惨事が起きたのは平成3年6月3日でした。それから3週間後の6月24日、島原市の島原新港に西日本汽船の客船「ゆうとぴあ」9991トンが入港しました。自宅が立ち入り禁止の警戒区域などに入り、避難先の体育館などで集団生活を強いられた人たちの一時宿泊施設として長崎県が1億円でチャーターした船でした。船内には126室あり、体育館などの避難所と比べてプライバシーを確保することができました。初日のこの日は390人の募集に対しておよそ50世帯170人が客船に〝入居〟し、家族水入らずの生活を取り戻しました。「ゆうとぴあ」の利用は、仮設住宅が完成する翌7月までの暫定施設として、11日間のローテーションで行なわれました。

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