昭和の「公衆電話」事情~通話3分間で自動的に打ち切りへ!長話防止対策 

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00:01:00 昭和45年(1970)2月22日

スマートフォン世代の若者たちには想像がつかないかもしれません。昭和45年(1970年)3月から、当時長崎市内に設置された全ての公衆電話およそ1433台(赤電話1288台・青電話145台)で市内通話時間が3分間で打ち切られることになりました。長話を防止するのが狙いで、中には公衆電話を独占して40分間も通話し続けた猛者もいたといいます。打ち切り方法は通話開始から2分30秒経つと、あと30秒という予報のチャイムが「ド・ミ・ソ」の音階で2回鳴り、3分経つと自動的に通話が切れるというものでした。切れた後まだ通話を続けたい時にはいったん受話器を置き、さらに10円を入れてかけ直さなければいけなくなりました。今回の映像はこの制度開始1か月前に撮影されたもので、電話局の職員が手分けして電話ボックスにステッカーを張り「公衆電話3分間打ち切り制」を㏚していました。この制度導入に踏み切ったあと、果たしてどこまで公衆電話での長話は減ったのでしょうか?

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