発展する「長与町」 ~町施行から13年で人口3万人突破!~ 

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00:01:13 昭和57年(1982年)5月6日

西彼・長与町(ながよちょう)は長崎市のベットタウンとしても発展を続け、昭和57年(1982)5月には人口がついに3万人の大台に乗りました。長与町が町制を施行した昭和44年(1969)当時、町の人口はおよそ1万3000人でした。その後マイホームブームに乗って、昭和48年(1973)から翌昭和49年(1974)にかけ町内に長与ニュータウンや青葉台団地が相次いで造成されました。加えて大型商業施設の進出で買い物なども便利になり、人口は急激に増加しました。映像には今から40年以上前の町の様子が記録されていますが、特に当時造成中の長与港周辺の景色はすっかり変わっていました。その後、平成11年(1999)には町南部の住宅団地サニータウンに長崎県立大学シーボルト校が開学し、〝文教の町〟としても知られるようになりました。令和7年1月現在、町の人口はおよそ4万人となっています。なお映像中の音声は昭和57年当時の吉田町長のインタビューです。

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