九州一のマンモス団地〜「滑石団地」建設開始!
ユウガク | NBC 長崎放送映像のタイムマシーン
長崎市北部の「滑石(なめし)団地」建設事業は造成当時、「滑石地区新市街地開発事業」と呼ばれていました。この事業が着工したのは昭和39年(1964)11月で、翌昭和40年(1965)1月撮影の映像には、本格化した建設工事の様子が克明に記録されています。このころ現場には20台のブルドーザーが投入され、滑石地区の山手を切り開いて次々に宅地が造成されました。着工からわずか2か月で公営アパートの建設も始まっていました。滑石団地は、長崎市の住宅不足を緩和するため、長崎県と長崎市などが60億円もの総事業費をかけ3年がかりで建設しました。公営住宅や分譲住宅など4100戸あまりを整備、あわせて学校や幼稚園、スーパーや郵便局、銀行なども造る まさに新しい市街地を誕生させる大がかりな公共事業で、当時九州一のマンモス団地造りとして注目を集めました。