昭和40年(1965年)【長崎砂漠】の解消~大村湾を渡って萱瀬ダムの水が長崎へ!~(10/11)

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0:02:21 昭和40年(1965年)

長崎市民が渇望した大村からの送水が始まったのは昭和40年(1965)10月でした。
昭和30年代後半、長崎市は「長崎砂漠」とも呼ばれた深刻な水不足に見舞われ、新たな水源の確保が急がれていました。このために計画されたのが、大村市の萱瀬(かやぜ)ダムから長崎市の浦上水源地上流の滑石(なめし)川に水を引く大掛かりな取水工事でした。
大村~長崎間を全長33キロの導水管で結び、うち大村湾をまたぐ6キロの区間は海底に管を敷設しました。
今回配信の映像は大村~長崎間の送水ルートごとに3つのブロックに分かれています。
最初のシーンには当時の田川長崎市長が取水口のバルブを開いて萱瀬ダムの水を導水管に流し込む様子が、次のシーンにはダムからの水を、大村湾の海底に敷設した導水管に送り込む作業がそれぞれ記録されています。
1週間あまりの通水テストの後、最後は長崎市道ノ尾の最終バルブを開いて滑石川に水を送り込み、4年がかりの取水工事がついに完成しました。
これで1日に1万2000トンの水が補給されることになり、長崎市の水不足は一定改善されました。

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