長野市の商店が「一斉休業日」を設定(1961年)
ユウガク | SBC 信越放送信州あの日あの時
1961(昭和34)年の9月、長野市街地の商店の多くが同じ日に休業しました。
一斉休業したのは中央通りや権堂などで営業していた中央商店街連合会傘下の6,000店。
毎月第1、第3月曜を各店統一の定休日にしました。
定休日を統一することで「店が休みやすくなる」、「店がいつ休みかわからないという人が減る」といった効果を狙ったようです。
冒頭に映っている店はそれまでは毎月1日と16日が定休日でしたが、足並みを揃えました。
シャッターに書かれている定休日を書き直す様子も映っています。
強制ではないので中には営業している店もありますが、映像を見る限りは多くの店がシャッターを閉めています。
それにしても定休日が月に2日だけというのも大変ですね。
この頃は会社や学校が週休2日になる前なので、商売を営む人は週1日の休みも取りづらい時代でした。
(企業や学校に週休2日が導入されるのは1990年代以降のことです。)