佐久の旧中込学校

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00:00:56 1973

1973(昭和48)年、旧中込学校の解体復元工事が完了しました。
旧中込学校(開校当時の名称は成知学校)は1875(明治8)年の完成で、現存する県内の学校のうち最も古い擬洋風建築です(松本の開智学校の1年前)。
建設費は旧下中込村の村民が1世帯1円(今の概ね2万円)以上を寄付して賄おうとしましたが、総額で6000円(今なら1億2000万円)余りがかかり、不足分は地元周辺の名士の寄付などで補ったそうです。
中央にある八角の塔には天井から太鼓が吊るされ、決まった時間に叩くことで住民に時を告げていました。
このため「太鼓楼」と呼ばれたほか、当時は珍しかったガラス窓(一部はステンドグラス)から「ギヤマン学校」とも呼ばれ、開校当時は見学者が相次いだそうです。
別の校舎が建設された大正時代以降は町役場や公民館などとして使われ、1969(昭和44)年に国の重要文化財に指定されました。
その後、この年までに2年をかけて解体復元工事を行い、現在に至ります。
復元完了は成知学校の創立からちょうど100年目の出来事でした。

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