スパイクタイヤのピン抜き(1990年)

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00:01:03 1990

今から30年余り前まで、冬用のタイヤはスパイクタイヤでした。
タイヤに滑り止めの鋲(びょう)=ピンを差したこのタイヤは、雪のない道を走るとピンがアスファルトを削り取り大量の粉じんが発生、大気汚染や健康被害が問題になりました。
このためスパイクタイヤの規制が徐々に始まり、1988(昭和63)年にスパイクタイヤの製造・販売中止の調停が成立します。
これを受けて各地で粉じん公害の防止を目的に、タイヤからピンを抜く動きが活発化しました。
動画が撮影されたのは1990(平成2)年の長野市。
東和田の運動公園に臨時の会場が設けられ、タイヤからピンを抜く作業が行われました。
しかし1本ずつピンを抜くのは想像以上の重労働。
のぼり旗のように、まさに「ずく」がいる作業でした。
この翌年には積雪がある場合を除いてスパイクタイヤの使用が禁止され、豪雪地を除くと事実上スパイクタイヤを履くことができなくなります。
タイヤメーカーはピンがないスタッドレスタイヤの開発を急ピッチで進め、スパイクタイヤは姿を消していきました。

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